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(有)幸田建設
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【ねじりはちまき(081230)】
■本年も大変お世話になりました

本年もいろいろありました。
大小さまざまなことがありましたが、皆様に助けられて本年を無事おわることができます。
ありがとうございます。
来る年もまた、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

良いお年をお迎えください

【ねじりはちまき(081229)】
志野茶碗
銘 月山(つきやま)
 
桑原重次 作
あかりの家 陶芸美術サロン 蔵

■炎(ひ)に魅せられた駄々童(だだわらし) 〈最終回〉

 およそ芸事を極めたものは、立ち姿が美しい。

  私は、演劇をよく観に行きますが、薪能なども好きで、機会があれば観に行くことを楽しみにしています。特に、能における仕手(して)の立ち姿は実に美しいものです。正に「能は魂の降りるところ」とはよく言ったものだと思います。また歌舞伎にしても、舞にしても、その芸を極めたものの立ち姿は「美しい」と形容する以外に形容の仕方がないと思えるほどです。しかし、これは陶芸についても当てはまる気がします。茶碗に「立ち姿」という表現はいささか可笑しい気もしますが、良くできた作品を観ていて、その立ち姿が美しいと思う感覚は決して理解されないことではないと思います。

  「立ち姿」に包含されるひとつの意味合いとして「バランスの良さ」というものが挙げられます。とりわけ陶芸の場合には、造形においてバランスが取れていないと焼きの段階で弱い部分が「へたる」ことがあります。また、焼きが上手くいったとしても、胴の直線や曲線の美しさというものは、全体のバランスなくしては有り得ません。

  とは言うものの、火の神様の為せる技については、たとえそれが「へたり」であっても良しとするところが日本の陶芸の奥深いところでもあります。中国の青磁・白磁の世界は別として、日本における陶芸の世界、というよりも私の場合、自分の作品を一旦火の神様にお預けするという感覚があります。私などの様に窯変を「面白い」とする者には、火の神様の気まぐれに対し畏敬の念さえいだいて手を合わせる次第です。

  事ほど左様に、陶芸の道は果てもない道行(みちゆき)で、「辿り来て未だ山麓」といった感慨しきりといったところです。山頂を極めることなど夢のまた夢かも知れませんが、火の神様がチラッと見せてくれる道標(みちしるべ)を頼りに長い坂道をこれからも身体の続く限り登り続けたいと思います。「下手の横好き」という言葉があります。私の好きな言葉のひとつです。辛い坂道に耐えられるのも、基本はこの道が好きだからです。「好きこそ物の上手なれ」という言葉のとおり、好きという気持を大切に、いつまでも火の神様と遊んでやろうと思っています。
炎に魅せられた駄々童は、火の神様と遊ぶために生まれて来たのですから。 

桑原重次

■あなたの身近に「住まいのなやみひきうけ隊」

大事な住まいが雨漏りしたり、雨樋が詰まったり、瓦がずれたり等々いろいろな心配があってもなかなか、修理したいと思ってみてもどうしたらいいのか解からない人が沢山いると思うんです。
地元の業者ですし、常に近くで仕事をしていますのでいつでも飛んでいけるし、工費の面でも安心してご依頼頂けると思います。
どうか宜しくお願い申し上げます。

お問い合わせは・・・

フリーダイヤル 0120-972-117

尚、業者名は次の名称です。
(有)幸田建設 本宮市糠沢字八幡1-1 電話 0243-44-3916
大甚建築 本宮市白岩字埋内601 電話 0243-44-2698
野内板金店 本宮市千代田2-1 電話 0243-33-3038
高橋瓦工業有限会社 本宮市高木字赤木307-2 電話 0243-33-3247
有限会社後藤木工所 本宮市本宮字兼谷30-1 電話 0243-33-2971
有限会社本宮設備 本宮市元宮字南町裡144-1 電話 0243-33-2592

【ねじりはちまき(081215)】
■言わぬが花(その33)

  西暦2008年、平成20年も間もなく暮れようとしています。今年一年を漢字一字で表わすならば、「破」、つまり破綻の破、破産の破の一字が相応しいと思います。皆さんにとってはどんな一字が思い当たるでしょうか。

  資本主義経済が破綻したとはいわないまでも、アメリカのサブプライムローンに端を発する金融危機は世界恐慌の兆しを見せており、少なくともアイスランドは市場原理主義の零落を如実に示していると思われます。

  日本も正に今現在、リアルタイムでその影響をまともに被っているわけですが、海の向こうの問題が、なぜ何もしていない我々にまで及ぶのかと大変な憤りを覚えている方も少なくないと思います。ところで、先の世界恐慌のちょうどその頃、ホームレスで紳士気質の役柄を演じ、貧しい者の立場から資本主義社会を痛烈に風刺したイギリス人がいたことを皆さんはご存じでしょうか。

  その人の名は、「チャールズ・チャップリン」です。喜劇王チャップリンの映画については、小生がここで説明するまでもなく、皆様の方が十分にご存じのこととお察しいたします。けれども彼の映画の根底には、戦争やファシズムへの批判、延いてはプロレタリア(無産階級・賃金労働者階級)の立場から資本主義がもたらす不公平・不平等といった格差社会への怒りが込められていたことについて触れないわけにはいきません。そして、彼はそのことのために共産主義を容認する者とみなされ、アメリカ合衆国から国外追放令を受けたのでした。

  チャップリンが復権し、再びアメリカの地を踏むには追放から20年の歳月を要するわけですが、この20年という歳月こそが彼の大勢批判の深さと鋭さを物語っていると思います。戦争を否定し、ヒトラーと対決し、資本主義の闇を暴いたチャップリン。その大勢批判を喜劇という手法で表現した彼がこんな言葉を残しています。何時の時代にも、またどんな人にも明暗というものはあるものです。しかし、その暗闇が深ければ深いほど輝きを増す言葉に思えてなりません。

「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇である」

懶亭放庵

【ねじりはちまき(081201)】
辰砂面取茶碗
銘 あじさい
 
桑原重次 作
あかりの家 陶芸美術サロン 蔵

■炎(ひ)に魅せられた駄々童(だだわらし) 〈第7回〉

 テレビや映画に出てくる陶芸家のシーンとして皆さんはどのようなものを想い浮かべるでしょうか。轆轤を挽いている姿や窯場で作品を叩き割っているシーンを浮かべる人が多いのではないでしょうか。私は轆轤を使いませんが、窯開けの時は毎回のように作品を壊しています。多分その姿は、主演男優賞並みの哀愁を漂わせているかも知れません。

  窯開けは、最近こそ人を入れるようになりましたが、始めてから暫らくの間は一人でやっていました。その理由はいくつかあるのですが、やはり一番の理由は自分のイメージした作品が、はじめの頃はありにも少なかったからです。それと、譬えは悪いかも知れませんが、生まれて来る子供が出来が悪かったらどうしようとか、恥ずかしい子供を他人に見られたくないという気持ちが強く働いたことも否めませんでした。

  しかし、作品は私自身の子供であると同時に、私自身でもあります。曲がりなりにも陶芸家として作品に「銘」を入れるからには、銘を大切にし、銘を育てたいと思っています。作品は世に出る出ないに拘わらず、多少なりとも世に残ります。残った作品に銘がある以上、名を惜しまなければなりません。そのために作品は割らなければなりません。また、そのために作品は割られなければならないのです。

  とは云うものの、中々黒白をはっきりとはつけられないものです。個展を開くにはそれ相当の数を必要としますし、かといって以前展示したものばかりお見せするわけにもいきません。そんな訳で、新作というものはどうしても点数が甘くなり、個展の後に壊すことも決して少なくはないのです。創る喜びもあれば、壊す悲しみもある。ここにもこの世の道理が垣間見える気がします。

  それでも創り続けるのは、やはり壊す悲しみよりも創る喜びが勝るからでしょう。そして、何より私を支えてくれる人々のお陰だと思っています。支えてくれる人の中には、陶芸教室の生徒さんたちがいます。彼らのしなやかな感性には、私の創造性を越えていくものがあります。正に教えることは、学ぶことです。私は、教え、学び、そして生徒さんたちの感性に触発されながらこれからも創り続けて行くことと思います。壊す悲しみは、夜のお茶と共に深く味わい、そっと胸の奥に畳むこととして。
桑原重次

【ねじりはちまき(081120)】
■会社近況

  気温も下がり、朝晩かなり寒くなりましたね。
こたつはずいぶん前に出しましたが、家には寒がりさんがいるため、とうとうストーブも出しました。

 こたつといえば、我が家ではお掃除をするたび、こたつの中からいろんな物が出てくるんですよ〜。
前はたしか、消しゴム、さきいか、丸まったくつした…でした。
今度は何が出てくるんだろう…。ああ、またこの季節がきてしまった…。

 事務所では間仕切り工事の作業が途中になっていましたが、国分さん、武田さん、正勝さんが日替わりで入り、ようやく仕上がりました。
片付けも済ませ、ようやく落ち着いたところです。
打合せ室が完成し、これで事務所らしくなったかな…。
お茶を飲みにでも、ぜひお立ち寄り下さいね。

 さて、9月下旬から郡山市の現場で、住宅新築工事をお世話になっております。
お蔭様で、10月27日に建方が行われました。
今、2階の根太造作や屋根葺きをしている段階で、工事は無事進行しています。
たくさんの方々に支えていただきながら、何とか頑張らせていただいております。

事務員K

【ねじりはちまき(081111)】
■言わぬが花(その32)

  「前向きに駐車場にも励まされ」
この句は、確かサラリーマン川柳のひとつだったと思うのですが、朝のテレビで放映されたのを気に入ってその場で覚えたものですから、作者等については定かではなく、また内容についても誤りがあるかも知れませんが、その点はどうかご容赦下さい。

 蛇足ながら小生なりの解釈をさせていただきますと、駐車場に表示された「前向きに駐車して下さい」という注意書を見て、会社の上司から「前向きに物事は考えろ」と指導されたのを思い出し、「嗚呼!、俺は駐車場にまで前向きにと言われているのか」という人生の悲哀を詠んだ句だろうと解しました。確かに最近は、排気ガスから植栽などを保護するために、車を頭から駐車場へ入れるように促す傾向があるようです。

 さて、これは私見ですが、「前向きに」という言葉は、以前は「前向きに善処する」というくらいの用い方が一般的だったように思います。それが、最近やたらと使われ出した「ポジティブ(positive)」という言葉と時を同じくして市民権を得て来たように思います。どちらの言葉も「積極的」という意味では同じなのですが、その使われ方をよくよく観察してみますと、どうも「がんばれ!」の代わりに使われているような気がしてなりません。

 今でも「がんばれ!」が口癖になっている人は決して少なくないようです。しかし、心有る人の間では、以前よりも慎重に「がんばれ!」という言葉を使うようになって来ていると思います。何かにつけて「がんばれ!、がんばれ!」と言われ続け、そしてがんばれなくなった時、その人の責任感が強ければ強いほど、がんばれなくなった自分を責めて鬱病になって行く姿には、簡単に言葉を使う者の無責任さと言葉による暴力の悲惨さを見る思いがして心が痛みます。

  本来「がんばる」という言葉は、「我を張る」が転じて出来た言葉です。「我意を張り通す」という意味から江戸時代では、決して良い意味で使われる言葉ではなかったそうです。それが何時の頃から励ましの言葉として使われ出したのかは知りませんが、少なくとも小生は、同じ「がんばる」を使うにしてももっと肯定的な意味で、そして最後に掛ける言葉として、「よくがんばったね」と言ってあげられる人間になりたいと思っています。勿論、「前向きに」と摩り替えたりせずに。

懶亭放庵

【ねじりはちまき(081030)】
志野面取茶碗
銘 焚火(たきび)
 
桑原重次 作
あかりの家 陶芸美術サロン 蔵

■炎(ひ)に魅せられた駄々童(だだわらし) 〈第6回〉

 自分の土を探し求めながら、楽焼、焼き締めと独り試行錯誤の作陶の道を歩む中で、どうにか志野焼らしい肌合いのぐい呑みが取れたのは8年目のことでした。以前にも志野焼には憧れがあることを書きましたが、自分の志野、つまり「さくらぎ志野」の確立はこの道に入って以来の夢でした。それ故に、8年目にしてやっと一筋の光明が射したことは、ただ一筋射しただけなのですが、その嬉しさたるや一入(ひとしお)でした。

  物の本によれば、志野焼とは釉薬に長石を用い、還元炎で焼成して作ると記されています。今の時代ならば、もっと微に入り細をうがった内容の本があるのでしょうが、30年以上も前の時代に本から技術的なことを学ぶには相当に困難を極めたものでした。

  長石は三春長石を採ることにしました。還元炎での焼成も7日間焚くのが良さそうだということも判りました。私の場合、薪を燃料としているので、窯焚きは年に2回焚くのが限界です。その数少ないチャンスに試行錯誤する訳ですから、志野焼のスタートラインに立つだけで、すでにご案内の歳月を要したのも当然と言えば当然ですし、ある意味贅沢といえば贅沢と言えないこともありません。

  いずれにしても、これらすべてのことは私の窯、私が造った穴窯が教えてくれたことでした。確かに、現在のように市販の電気やガス窯が売っていて、それにマイコン制御機能が付いているなら、それ相応の志野焼マニュアルがあって当然と言えます。しかし、少なくとも私は、窯も土も薪さえも自分でつくるものだと疑いを持たずにこの道に入りました。当然のようにして今日までその様にしてやって来ました。だからこそ、私の窯から、私の土による私の志野、さくらぎ志野が生まれたのだ思っています。

  志野焼は、本来白を基調にした陶器です。しかし、さくらぎ志野は、白色と土の持つ鉄分との融合からなる緋色を基調とします。薪が燃料であることから還元炎も常に一定ではありません。ですから、緋色を基調としながらも紫色や桃色延いては鳶色まで様々な微妙な色を見せてくれます。同じ釜で同じ釉薬でも、時期が違えば生まれて来る志野に同じものはありません。常時安定して同じ作品を作れなければプロではないという見方もあるでしょうが、もし本当にそれがそうあらねばならないとしたら、私は一生アマチュアの立場に甘んじても良いと思っているくらいなのです。
桑原重次

【ねじりはちまき(081020)】
■会社近況

 このごろ朝晩冷え込むようになり、暖房器具を出されたご家庭も、多いかと思います。朝晩寒いかと思えば、日中暖かく、汗ばんだりすることもあるので、体調を崩さないよう、健康管理には十分に気を付けたいものです。

 天栄村の現場での、別荘建設工事もお蔭様で無事完成し、10月初めに、引渡しをさせていただきました。
建物は道路沿いにあるのですが、車の行き来はあまり気にならず、静かで、緑豊かなところです。
すぐそばを小川が流れており、また小鳥のさえずりが聞こえ、ここにいると、心身共に癒されるようです。秋は紅葉、冬には積雪、春は草花や新緑、夏は深緑・・・四季折々に楽しませてくれることでしょう。

  先日から郡山市の新築工事の現場に入らせていただきました。
作業の様子などは、会社近況のコーナーで、お伝えしていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

  今月は講習会があったり、住まいの相談会やソフトボール大会もあって、忙しい月になりそうです。でも、どれもこれも楽しみにしていることなので、待ち遠しいです〜。

事務員K

【ねじりはちまき(081010)】
■言わぬが花(その31)

  「四番・・・!サード、長嶋・・・!」
この場内アナウンスがふと頭の中を過る時、なぜか言い知れぬノスタルジーと心が熱いもので満たされるような感覚に囚われるのは、斯くいう小生だけでありましょうか。

  思えば1959年、昭和34年6月25日、天覧試合で長嶋が阪神の村山からサヨナラホームランを打って以来、長嶋と村山には男としての勝負が続くこととなります。それから10年を経ずして、長嶋対村山、王対江夏の対決に割って入り、村山を師とも父とも仰いでプロ入りしたのが星野仙一でした。

  ドラフトの因縁から星野はその野球人生を「打倒巨人」のために費やし、対巨人戦を35勝31負と勝ち越す中で、巨人のV10を阻んだのでありました。巨人をV9に押し止めた時、彼は中日のエースであり、その投球スタイルは、闘志を剥き出しにする気合いの投球で、人はその姿を「男!星野」とか、「燃える男!星野」と称え、敵味方を越えて称賛したものでした。

  その星野仙一がつい先日、彼自身のブログに、「今、火ダルマになっているおれがなんでまた火中の栗を拾うようなことをするのか」というコメントを載せました。根っからの巨人ファンでありながらも、巨人ファン故の宿敵星野ファンとしての小生は、この「火中の栗を拾う」発言に大いに失望しました。「あぁ、男、星野」とはそんなものだったのかという気持ちです。何故なら、ブログのコメントを言い直せば、「今、火ダルマになっているおれが、他人の利益のために危険をおかしてまで、なぜそんなバカなめに遭わなくてはならないのか」ということを公言しているのも同じだからです。

  「火中の栗を拾う」の反対語は、どの辞書を引いても見当たらないでしょう。しかし、小生は今この時、その反対語としてこの言葉を挙げたいと思います。それは、「人生意気に感ず」です。「男!星野」は、人の意気に感じて行動し、金銭や名誉は問題外として戦う男であってほしいと強く思うのです。今も昔もあの星野仙一だと思えばこそ、あなたには゛敢えて゛火中の栗を拾う男であってほしいのです。

懶亭放庵

【ねじりはちまき(080930)】
自然釉 焼締面取茶碗
銘 無心(むしん)
 
桑原重次 作
あかりの家 陶芸美術サロン 蔵

■炎(ひ)に魅せられた駄々童(だだわらし) 〈第5回〉

 作品を創作するに当たって意識するしないにかかわらず、自己を表現しようとする場合、どうしても避けて通れないものに「テーマ」があります。たとえそれがどんなに稚拙なものであろうとも、作家が存在する場所と時代に影響を受けながら何らかのテーマをもって創作活動というものは行われるものなのです。

  私も作家の末席を汚す者として、「テーマ=自己表現」という自分なりの解釈のもとにテーマに取り組み続けて今日に至りました。とは言っても、毎度ご案内のとおり、元々が楽天的なところがある私なので、駆け出しの頃に考えたことは、「私だけのも」、つまりオリジナリティーを如何にして出していくかということでした。

  そこで、未熟ながらも思いついたのが、「自分の個性をもっと強くしなければ」ということでした。例えば、「あいつ」は変なやつだと思われてもいいから、もっと強い個性を持ちたいと願ったほどなのです。しかし、知人に言わせれば、その当時でも私は十分に個性的だったそうで、中々良い塩梅とはいかないもののようです。

  そんな葛藤の末に辿り着いたのが、「面取り」という手法でした。一言で「面取り」といっても、そこにはやはり色々な面取りがあり、これが自分の面取りだというものに行き着くには、それ相当の時間を要しました。そんな生みの苦しみもあって、私は陶芸教室の生徒さんに、よくこんなことを言います。それは、「作りたいとイメージできた形が決まったら、そのイメージした形を最低でも10回は作りなさい」と。これは、「面取り」に行き着くまでの経験から云うことなのですが、どうしても手は頭でイメージしたようにすぐには動いてくれないと云うことなのです。

  「面取り」というのは、面を削りだすのと同時に、線を描くことでもあるのです。力強いラインでありながらも柔らかなライン、そして、爽やかさや新鮮さというものも表現してみたい。あれもこれもと描いてみたいラインは次々と湧いてきます。そんな溢れ出るイメージと手の動きが一体となって作品を作りながら、いつの間にか鼻歌など歌ったりしている自分に気付く時、「あぁ、自分は幸せなんだなぁ」「やっぱり自分は面取りが好きなんだなぁ」としみじみ思ってみたりもするのです。

桑原重次

【ねじりはちまき(080922)】
■会社近況

 9月に入りました。
先日、スィーチョン…だか、ツィーツィー…だか、虫の声が聞こえてきたので、もう秋か、早いなあ…と思っていましたら、次の日は朝から、ミンミン蝉が大音量でないていました。過ぎ行く夏を惜しんでいたのかもしれません。

  過ぎ行く夏…といえば、皆さんは何か素敵な夏の思い出はできましたか?
弊社でのこの夏の思い出といえば、皆でバーベキューをしたことでしょうか。
現場から汗だくで帰ってきてから飲む1杯は、格別!なのだそうです。
冷えたビールとおいしい料理、楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。
専務が作ってくれた、野菜たっぷりの焼きうどんは、ちょっと薄味でしたが皆には好評で、お肉や野菜を食べたあとでしたが、ペロッとたいらげてしまいました。もしかしたら、愛情という名のスパイスが入っていたのかもしれませんね。

  さて、7月下旬から開始した別荘の建設工事ですが、お蔭様で順調に進んでいます。場所は天栄村なので、片道1時間ちょっとかかりますが、現場の段取りなどいろいろ考えているうちに、着いてしまうようです。
施主様には、現場に冷たい差し入れを頂いたりして、暑い中で作業する者にとって、とても嬉しいことでした。ありがとうございました。
完成まであと1か月、気を引き締めて皆で頑張ってまいります。

事務員K

【ねじりはちまき(080911)】
■言わぬが花(その30)

  柔ちゃんは、「JUDO」をして負けた。

  谷本選手は、「柔道」をして勝った。

  また懶亭は、訳の解らないことを言っているという声が聞こえてきそうな気がします。しかし、敢えて言わせていただきたい。「柔道」とは、「日本の柔道」のことであり、それは「一本の柔道」だということを。
  だからこそ、柔ちゃんには、同じ負けるにしても塚田選手の様に「柔道」をして負けてほしかった。対戦相手の出方がどうあれ、「指導」を受けて負けるということは、反則を取られたということであり、言い換えれば「反則負け」ということです。反則負けとは、あまりにも後味の悪い負け方ではないですか。これまでも、そして、これからも日本の柔道を担う柔ちゃんにとって、決して相応しい負け方ではありません。

  後味が悪いといえば、もうひとつ後味の悪いことがありました。それは、試合の翌日の記者会見で、長男の佳亮ちゃんが高熱を出して現地の病院に入院していることを口にしたことです。同じ人でも柔ちゃんほどの人物になれば、負けた試合の翌日に、公の場で私事を口にすることが何を意味するかは考えなければならないでしょう。

  前回に引き続き、再び坂本九ちゃんのエピソードで恐縮ですが、九ちゃんは、お母さんが危篤であっても地方でのコンサートをきちんと歌い上げたそうです。しかし、アンコールに応えると最終の飛行機に間に合わないため、アンコールには応えずにコンサートを終演させました。勿論、お母さんが危篤であることを自ら告げることなどせずに。しかし、その時、ステージに現れて、「どうか九ちゃんを行かせてあげてほしい」と事情を説明したのが、「上を向いて歩こう」を作詞した永六輔さんだったそうです。

  とかく期待が大きければ大きいほど、負けた時の落胆も大きいものです。そんな気持ちも手伝って、こんな野暮天を書いてしまいましたが、最後にもうひと言、子を想う親心、それこそが「ママでも金」だと思います。柔ママがんばれ!

懶亭放庵

【ねじりはちまき(080901)】
焼締茶碗
銘 井筒(いづつ)
 
桑原重次 作
あかりの家 陶芸美術サロン 蔵

■炎(ひ)に魅せられた駄々童(だだわらし) 〈第4回〉

 さぁ、穴窯はできました。次は、その窯から作品を生み出すことです。最近は、焼成するといってもガスや電気を用いることが一般的なようですが、私は「薪」にこだわりを持っています。薪へのこだわりは後述することとしますが、私にとって、この薪での窯焚きが、また新たな壁となって立ちはだかってくることになったのです。

  しかし、そこは毎度の無手勝流で、何処か他所の窯焚きを体験させてもらうといったこともなしに、元職人だった勘というか、伊万里などの骨董を長年観てきた自分なりの解釈を支えとして薪での窯焚きに挑戦していく道を歩むことにしたのです。
  焼成する上でのひとつの問題として、どれくらいの時間窯焚きをするかという問題があります。そこで私は、最初にした三日三晩の窯焚きから一日ずつ増やしていき、根気と情熱の試行錯誤の末に七日七晩で焚き上げるという結論に至りました。

  何故に七日七晩なのかについては、幾つもの理由が当然あるわけですが、最大の理由は、自分のこの窯の「癖」を見極めたということなのです。解りづらい表現かも知れませんが、この窯は、時間をかけて積み上げるようにして温度を上げていく、つまり積算温度を上げることによって初めて窯の持つ能力が最も良く引き出され、カチンと焼締まった自然釉の作品ができるのだということが分かってきたのです。人にもそれぞれの個性があるように、窯にも個性というか、癖があるものなのです。それが欠点にも長所にもなるわけです。私は、この窯焚きという長い長い窯との対話から、個性を活かすという作品づくりの基本を学んだと思っています。

  そして、この七日七晩という焼成は、土づくりにおいても思わぬ要求を突き付けてきました。それは、今迄の土では、焼成中の積算温度に耐えられず、窯の中で変形してしまうのでした。そこで、また新たに耐火度を上げるための土づくりを始めなければなりませんでした。理想の陶芸作品を創るために理想の窯が要求され、理想の焼成をするために理想の土が要求される。理想とは、これ程までに妥協を許さぬものなのだということを改めて知らされた思いでした。しかし、そんな苦労もひとつの作品が生まれることで忘れられるものなのです。新たな作品が生まれてまた新たな理想が生まれる。理想は、理想であって理想以外の何物でもありませんが、理想を追い求めることもまた創作意欲のひとつではないかと思っている次第です。
桑原重次

【ねじりはちまき(080820)】
■会社近況

二本松市の住宅増築工事もお陰様で無事終了しました。
お世話になりました方々、誠にありがとうございました。
先日、現場担当の鈴木君が、工事が終わったので掃除に行くというので、『そうだ、もしかしたらリスに会えるかもしれない・・・』と思って、私も手伝わせてもらうことにしました。
  くるみの木は家のあちらこちらにあって、青い実をたくさん付けていました。他にも栗の木やどんぐりの木が、あざやかな緑色の葉を繁らせていて、たくさんの蜩(ひぐらし)たちが競うように鳴いていました。
  まるで、家にいながらにして森林浴をしているようです。山の中にいると、何だか心が落ち着いてきて、体に力が湧いてくるような気さえしてきます。不思議ですね。
  掃除の間、ずっとリスが気になっていましたが、考えてみれば、くるみの実はまだ青いのだから、リスが現れるわけないですよね・・・。出てきたものといえば、茶色いバッタと蚊・・・でした。今度は秋に訪ねてみたいと思っています。

事務員K

【ねじりはちまき(080808)】
■言わぬが花(その29)

  今年もまた8月が遣って来ました。8月と聞いて皆さんが連想するものに何があるでしょうか。お盆、敗戦記念日、広島と長崎への原爆投下などあまり明るいとは言えない事柄を連想する人が多いような気がします。小生も、まずお盆を連想しますが、次に浮かぶのは日航ジャンボ機墜落事故です。

  昭和60年(1985年)8月12日午後6時56分、日本航空123便、羽田発大阪伊丹行、ボーイング747SR-46(ジャンボジェット)が、群馬県多野郡上野村の「御巣鷹の尾根」に墜落しました。乗員乗客524人のうち520人が死亡、生存者は4人という単独機の航空事故では世界最大のものでした。

  この事故が、小生にとって忘れられないのは、その死亡者のなかに坂本九ちゃんが含まれていたからです。調べてみると九ちゃんは、常々、国内の移動には全日空を使っていたとあります。しかし、この時だけはチケットを大阪の依頼人が手配したこともあり、また、お盆の混み合う時期と重なってどうしても変更ができず、止む無くこの事故機に乗ることになったということでした。だから妻の由紀子さんも乗客名簿が発表されるまで、九ちゃんがこの日航の事故機に乗っているとは夢にも思わなかったそうです。

  九ちゃんと由紀子さんには、こんなエピソードがあります。それは、二人がまだ恋人同士だったころ、情熱的な九ちゃんは毎晩電話をしたそうです。勿論、仕事が終わってからなので夜中にするわけです。当然、仕事の疲れも手伝って九ちゃんを睡魔が襲います。九ちゃんだって人の子、睡魔には勝てず受話器を握ったまま寝てしまうことも度々あったとか。そんな時、由紀子さんは電話を切らずに九ちゃんが起きるのを待っていてあげたそうです。

  23年前、突然天国の人となってしまった九ちゃん。九ちゃんは、きっと天国から由紀子さんへ電話をしていることでしょう。受話器の向こうで安らかに眠っている九ちゃんを由紀子さんはあの時と同じ気持ちで受け止めているのかも知れません。
懶亭放庵

【ねじりはちまき(080730)】
焼締茶碗
銘 ほたる川
 
桑原重次 作
あかりの家 陶芸美術サロン 蔵

■炎(ひ)に魅せられた駄々童(だだわらし) 〈第3回〉

 私が、陶芸の道に入る前から憧れていた焼き物、それが志野焼と自然釉の焼締でした。志野焼といえば、桃山時代の国宝、銘「卯花墻(うのはながき)」を思い出される方も多いでしょうが、私も常に頭の片隅に憧れとしてある名碗のひとつです。

  また、人間国宝で文化勲章受章者の荒川豊蔵や加藤唐九郎などの展覧会に出掛けては、その作品の圧倒的な素晴らしさに大いに触発されたものでした。

  そんな志野焼と焼締に思いを馳せる中で、それまで焼いていた楽焼からまたひとつ飛躍するチャンスが訪れました。それは、常滑の陶芸家鯉江良二氏との出会いでした。氏が郡山で個展を開催しているのを知った私は、氏に思い切って以前から知りたかった穴窯の造り方を尋ねてみたのです。氏は、ラフスケッチなどを描いてくれたりして、思いのほか気さくに教えてくれました。

  普通ならそんなラフスケッチと一度教えられたくらいの知識で穴窯など造れるはずはないのですが、そこは元タイル職人としての経験と「こうと思ったら命懸け」の性格も手伝って、試行錯誤の末に何とか最初の穴窯を完成させました。勿論、それには土地を提供してくれた友人をはじめ、多くの方々の心からの応援と協力があったことは言うまでもありません。

  しかし、窯が出来たからと言ってすぐに作品が焼けるというものではありません。既に皆様もご案内のとおり、燃料の薪がなくてはどうにもなりません。実は、この薪づくりが、毎回の作品づくりの中で最大の重労働なのです。今現在でも薪づくりが終わると何だか財布にお金がたっぷり入ったような安心感に満たされます。
  ところで、話は最初の穴窯の最初の窯焚きに戻りますが、この時の窯焚きは一人で三日三晩焚き続けました。そして、三日冷まして四日目に友人の手を借りて窯開けをしたわけです。

  結果は・・・・、完全な失敗でした。何ひとつとして作品と呼べるものはとれませんでした。炎の女神は、窯の中では引き込まれそうなほどに妖しく、まるでプラチナが熔けたような美しさを見せてくれるのに、子供としての作品を世に出す時にはこんなにも厳しいものなのかと改めて陶芸の道を歩むことの厳しさを教えられたものでした。
桑原重次

【ねじりはちまき(080718)】

■会社近況

  7月に入り、もう1年の半分が終わってしまいました。
日中、日差しも強く、毎日暑い日が続きますね。
これからますます暑くなります。現場で働く者にとっては、暑さの中での作業になりますので、体調管理には、十分に気を付けてもらいたいと思います。
本宮市の住宅増築工事は、お蔭様で間もなく完成いたします。
お世話になりました方々、誠にありがとうございました。
6月上旬から、二本松市の現場に入らせていただいております。
今月末、完成の予定です。こちらの現場は、町中から離れた場所にありますので、車の往来もあまりなく、緑に囲まれた静かな所です。
施主様のお話しでは、すぐそばにくるみの木があるので、たまにリスがやってくるのだそうです。おそらく、朝は小鳥のさえずりで目を覚ますのでしょうね。メルヘンの世界のようで、素敵ですね。
機会があれば、ぜひ訪ねてみたいです。

さて、先月の15日〜16日は研修旅行ということで、山形に行ってまいりました。事務所を留守にし、ご迷惑をおかけいたしました。山形出身の友人から、「チェリーランドに行くんなら、米のアイスクリーム食べて来なよ〜。おいしいよ〜。」といわれていたので、到着してすぐアイスコーナーに向かい、食べてみたら本当に米でした。米のつぶつぶが残っていておもしろく、とてもおいしかったですよ。寒河江のチェリーランドに行く機会がありましたら、一度どんなものか試してみて下さい。また、日本海に沈む夕日は、言葉では表現できないほどの美しさでした。お天気に恵まれたことに感謝!ですが、社員皆で見れたことが何よりも嬉しかったです。
いつかまた、皆で感動を共にできたら最高ですね。

事務所の花壇はつるバラが咲き終え、草と笹ばかりが育っていましたが、先日ある方が来社した際、花壇の手入れをして下さいました。数年前、隅の方に植えた小さな笹2〜3本が、いつの間にか根をはってぐんぐん広がり、何と事務所の中にまで侵入してきていたのです。戸袋開けたら笹が出てきたので、ビックリしました。
それにしても笹の生命力ってすごいですねえ…。
土を掘り起こし、笹の代わりに色とりどりの花を植えて下さいました。(ああ…これこそまさに花壇。)
真夏に向けて、たくさんの美しい花々を咲かせてくれることでしょう。本当に、どうもありがとうございました。
事務員K

【ねじりはちまき(080710)】
■言わぬが花(その28)

  小生は、幼い頃から母に言われ、そして今も心ある周囲の人々から頂戴する言葉に「愚になれ」という言葉があります。「冷酒と親の小言は後で効く」とはよく言ったもので、本当に今更ながら母とは有り難く、疾うの昔に小生の現状を見通していたかのように、現状の小生は愚になって頭を下げぬ日は一日とて無い状態であります。

  その「愚になれ」という言葉が導いてくれたのかどうかは分かりませんが、何時しか小生は、「大愚」と称した良寛さんに親しみを覚え、良寛さんを身近に感じ、良寛さんに憧れを抱くようになりました。

  良寛さんほど一言で説明することが難しいお坊さんもいないと思いますが、良寛さんは、江戸時代後期の禅僧で、歌人であり、越後の人でありました。諸国を行脚した後、帰郷して国上山の五合庵に住し、村童を友とする脱俗生活を送った人で、子供らと日暮れまで毬を突く姿は夙に知られたところであり、その「書」は日本の名筆のひとつに数えられる程に味わい深いものです。

  その良寛さんの詩に、「生涯身を立つるに懶く、騰々天真に任ず」という書き出しで始まる詩があります。意味としては、「一生、立身出世をするというのにはものうく、そういう気にもならない。任運、つまり天の真実の法則に任すことによって、自由の境地に遊ぶ」(栗田勇 訳)といったところなのですが、小生の雅号「懶亭」はここから頂いたものでありました。

  今更改まって雅号の由来を申し上げるのも気が引けたのですが、有り難いことに我が拙文に興味を持たれ、その雅号や人となりについて多少なりとも御尋ねのあるのを知り、恥ずかしながらその顛末をお示しすることといたしました。「生涯身を立つるに暗愚く、騰々天真に違う」ところが現実の小生ですが、今後とも我が思うところを愚直に書き記したいと思って居りますので、末永くお付き合いいただければ幸甚に存じます。

懶亭放庵

【ねじりはちまき(080630)】
楽茶碗
銘 流雲(りゅううん)
 
桑原重次 作
あかりの家 陶芸美術サロン 蔵

■炎(ひ)に魅せられた駄々童(だだわらし)〈第2回〉

 焼き物(陶器)づくりに対する私の思い入れは、県展に連続して入選を果たすにつれて益々深くなって行きました。そして、次第にその思いは、粘土や釉薬にも向かい始めるようになったのです。

  特に、此処郡山(福島県)の地で作陶をするということは、良くも悪くも郡山の土を使ってこそこの地で陶器をつくる者としての意義があると考えるようになりましたし、更に突き詰めれば、土づくりは陶芸家の心だと言っても過言ではないほどに土を大切なものとして意識するようにもなったのでした。

  こんな思いの中から私の土探しが始まったのですが、先ず初めに目を着けたのが、鎌倉時代にこの地方に築かれた穴窯を探し当てることでした。市の文化財研究者からその場所を教えていただき、その周りの土を採取してテストを繰り返しました。それらの苦労や、土を求めて東奔西走し、「土や」などと渾名を付けられたことは、今では懐かしい思い出といったところです。

  その甲斐あって「自分の土」と巡り合うことができ、今では10年以上前に仕込んで寝かせた土で作品づくりをすることができるようになり、当時を偲びながら土を捏ねるたびに土との対話を楽しんでいます。

  「自分の土」というものは、陶器をつくる私にとっては、roots(ルーツ)、つまり根っ子であり、自分自身であり、私自身を証明してくれるものです。この根っ子が陶芸家としての私を支えてくれ、自信を与えてくれているのだと思っています。裏を返せば、土は、私にとってそれほどまでに大切なものと言えるのです。

桑原重次

【ねじりはちまき(080620)】
■会社近況

  先日、専門学校の学生さんが、ふたり、先生と一緒に企業訪問ということで来社いたしました。
 かわいらしいお嬢さんと、まだ幼さの残った感じの青年です。
先生と一緒ということで安心されたのか、会話の中に時折笑顔も見られ、また積極的に質問をされるなど熱意があって、私たちにとっても、有意義な時間であったと思います。
専務と話している学生さんたちを見て、できればご縁をいただいて、一緒に仕事が出来たらいいなあと、思いました。
  渡辺君や鈴木君が入社したのも、何だかつい最近のことのように思います。
渡辺君が初めて来社したのは、平成12年の6月でした。面接ではかなり緊張した表情でしたので、専務との会話を聞きながら、「渡辺君がんばれ、落ち着いて!」心の中でそう祈ったものでした。
あれから8年、今では現場を任されるようになり、またプライベートでも結婚して一児の父となり、すっかり頼もしくなったと感じています。
  鈴木君の場合は、企業訪問ということで5〜6人で来社し、強い印象を残して帰っていきました。彼が一番積極的に質問をし、生き生きとしたいい表情をしていたからです。彼が入社してくるまで、私たちの間では、「いっぱい喋った人」で話が通じました。
  現場管理の合間、打ち合わせや見積り作成、提出書類の作成・・・とやることは、盛りだくさんですが毎日頑張っています。

今、本宮市の現場で住宅増築工事をさせていただいておりますが、こちらは同じ本宮市のお客様からご紹介いただきました。
本当にありがたいことです。施主様にはもちろんのこと、ご紹介くださった方にも喜んでいただけるよう、気を引き締め、心を込めて仕上げていきたいと思います。

事務員K

【ねじりはちまき(080611)】
■言わぬが花(その27)

  愚妻の両親は、お陰様でかなりの高齢にも拘らず毎日を元気に過ごして居ります。父は91歳にして少し腰が曲がりはじめ、最近では杖をついて歩くようになりましたが、それでも毎日の散歩は欠かさず、その姿は日本昔話しに出てくる好々爺のおじいさんのようです。そこで今回は、そんな父にまつわるちょっと気になった話をいたします。

  先日、父と母が連れだって郡山市が運営する宿泊施設を利用した時のことでした。小生が、両親をその施設まで送り、フロントで宿泊手続きをしていましたら、父が傍らにやって来て、係りの職員さんに保険証を見せ始めたのです。それには訳があって、満60歳以上の郡山市の在住者は、他の一般利用者よりも低料金で宿泊できるからなのですが、ちょっと気になったのは、そこでの父と係りの職員さんとの遣り取りでした。

  父が保険証を提出すると、その職員さんは、笑顔でやさしくこう言ったのです。
「保険証の呈示は求めていませんから、呈示していただかなくても結構です」
小生ならば、「そうか、見れば判るんだな」くらいで、あっさりと聞き流してしまう程の応えなのですが、父は少し様子が違っていました。明らかに父はその応えに戸惑った様子で、他に何を見せたらいいのだろうとでも思ったのか、ほんの数秒固まってしまいました。きっと、「はい、ありがとうございます」という言葉を予想していたのだと思います。

  その後の父は、何事も無かったように、只々母と二人で二泊三日の宿泊を楽しんで来たようですが、小生としてはこの些細な出来事に立ち会えたことは、とても為になったと思っています。なぜなら、小生がこの職員さんのような立場に立った時、マニュアルとかその他の事情をすべて呑み込んだ上で、「はい、ありがとうござまいす」と応えるようになれたら、どんなにかすばらしいことだろうと気付かせてもらえたからです。まるで何事も無かったかのように、「はい、ありがとうございます」と。
 
懶亭放庵

【ねじりはちまき(080530)】
黒楽茶碗
銘 大黒(だいこく)
 
昭和50年 第29回
福島県綜合美術展入選作
 
桑原重次 作
あかりの家 陶芸美術サロン 蔵

■炎(ひ)に魅せられた駄々童(だだわらし)〈第1回〉

  焼き物(陶器)との出合いは意外な所でした。本好きの私が、本屋さんの棚に「楽焼の作り方」(江川拙斉著)と云う本を見つけ、つい買ってしまい、読み始めると面白くて一気に読み終え、何となく私にも直ぐ出来そうな気持になってしまったのです。その後、いきなり本の中の図面を見ながら楽焼の薪窯を自宅の脇に作りました。
  なんでも思いつくと直ぐ手を出すと云う私。隣のご主人を巻き込んで焼き始めました。一回二回と何も解らぬまま焼きました。勿論、物にならない物ばかり。流石に我ながら呆れましたが、もう一度焼いてだめなら止める、そう思いながら焼くと、これがまあまあの出来となりました。
  私は、お茶が好きで、煎茶、玉露、抹茶と美味しいお茶には目がありません。その所為もあって何個か抹茶茶碗も持っていました。そして、その内、自分の手作りの茶碗でお茶を点てたいと思い、自作の茶碗を作り始めました。先生のいない私は、自己流で、ただ色々な本を読み、また茶道の先生の意見などを参考にしながら、ひたすら茶碗作りに没頭していったのです。
  そんな中で、何とか使える物(茶碗)が出来ました。何も知らないと云うのは強いもので、昭和49年の第28回福島県綜合美術展に初入選し、翌50年の第29回同展にも入選を果たしました。それから茶碗作りが私のテーマになったのでした。

桑原重次

【ねじりはちまき(080519)】
■会社近況

山々の新緑も日増しに濃くなり、晴天の日などには、青空に緑が映えて美しいコントラストです。

  私は、「平成大橋」という橋を渡って通勤していますが、この橋は本宮市の仁井田から白沢の糠沢へ続いていて、本宮と白沢を繋ぐ大変便利な橋です。
この橋の上から見る山々が、何ともいえないくらい美しいのです。
つい路肩に停車して見入ってしまうくらい。
この間までは、山桜が咲いていたので、黄緑色のところどころに薄もも色が見えていました。朝早くなどは霞がかっていて、それもまた幻想的で美しいものでした。
山は一年を通して折々に色々な姿を見せてくれます。
毎日、こんなに素晴らしい景色を見ながら通勤できるなんて、幸せだなあ〜と思う今日この頃です・・・。

  さてゴールデンウィークも過ぎて普段の生活に戻りました。
弊社では、今年3日から6日までお休みをいただきました。
半日仕事に出た者もおりましたが、ここ数ヶ月はかなり忙しく働いていたので、連休中は、それぞれゆっくりと体を休めることができたようです。

  新築工事の現場もお蔭様で無事、施主様にお引渡しさせていただきました。温かいお言葉をかけていただいたり、時にはお叱りを受けたこともありましたが、本当にいい経験をさせていただいたと、感謝しております。
誠にありがとうございました。

  現在は事務所近くの現場で、住宅増築工事をさせていただいております。仕事をさせていただけるありがたさを念頭におき、心を込めて少しでもお役に立てるよう、頑張ってまいります。

事務員K

【ねじりはちまき(080510)】
■言わぬが花(その26)

「敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂う 山桜花」(本居宣長)

五月の初旬、今を盛りに黄緑色の山腹に咲く花樹は、山桜です。宣長の時代、つまり江戸時代の中頃まで花と言えば桜、桜と言えば山桜のことを指したそうです。

現在、全国各地で普通に見られる桜は、「染井吉野」という品種ですが、この桜は、葉が出る前に花が開くので、彼の小林秀雄は、「染井吉野は下品だ」と何かの本に書いてあったのを覚えています。きっと小林秀雄は、葉が出てから花が咲くのが本来の花の咲き方であり、此見よがしに「どうだ!」と言わんばかりに咲く、染井吉野のその咲き方を下品だと言ったのでしょうし、葉っぱを付けずに花を見せるのは、下着を着けずに人前に出るようなものだと言いたかったのかも知れません。

そうはいっても、染井吉野そのものに罪はなく、むしろ、その下品な咲き方は、下品なるが故に現代にマッチした咲き方のようにも思えます。とかく自己PRやパフォーマンスを強調し、最後に「どうよ!」とでも言いたげな主張を良しとする現代にあって、日本の国花としての桜は、正に染井吉野をもって打って付けなのでしょう。

またまた、ちょっと昔の話になってしまいますが、「不器用ですから・・・」と言って万事に控え目な俳優の高倉健は、黙っている姿も絵になる数少ない俳優のひとりです。お笑い芸人が矢鱈ともて囃される昨今、染井吉野と同じくお笑い芸人が悪いと言っている訳ではないのですが、この状況を「悪貨は良貨を駆逐する」と譬えるのは、満更的を射ていないとはいえないのではないでしょうか。控え目においては人後に落ちない我が友「寡黙男さん」も高倉健と同様、小生としては絶滅危惧種に指定してあげたい気がします。
懶亭放庵

【ねじりはちまき(080418)】
■現場は緊張状態

お蔭様で本宮市の現場がほぼ完成し、9日に住宅の掃除をさせていただきました。今は外回りの工事(犬走りなど)をしていますので引越しも間近です。

二本松市の現場は今塗装工事の真っ最中です。予定通り今月末にはいよいよ完成いたします。

現場はやはりピーンと張りつめたものがあり、聞こえてくるのは、工具の音だけです。小走りで作業している姿もありました。

およばずながら私事務員k、先日外回りの作業をお手伝いさせていただきました。駐車場の舗装をするため、高さを測って土を均し、砕石を敷いていくのです。かなりの力仕事ではありますが、これがなかなか、やってみるとおもしろいのです。

【ねじりはちまき(080103)】
■新年あけましておめでとうございます。

2008年の新玉に思う。
思い起こせば、何の目標もなく、なんの計画もなくただただ生きてきたように思います。
何故そんな生き方しか出来なかったんだろうと思ってみても虚しいだけですね。
そこで、「今年こそは・・・。」と毎年今の時期に思いを新たにして、一人苦笑するのです。
それでも「今年は」と思うことにしました。
目標1 謙虚に品性を求めて行ずる。
目標2 山を手に入れ閑居を造る。
目標3 閑居に生きる楽しみを探し求める。
目標4 身の回りの人達と力を合わせ、揺るがない一つの流れをつくる。
また1からのスタートの気持ちで往くことを心に言い聞かせながらのりきっていきたいと思います。

どうか宜しくお願い申し上げます。
人生の総仕上げに・・・
「築生庵」

ロマンチストのあなたに
古民家再生住宅

「俺はお前に弱いんだ」

妻の目を見て言える
貴方へ 「ついの家」

「日の光」と「灯の光」そして「開かり」
「あかりの家」

叶うシリーズ
「PurityHouse」

甚シリーズ
「豊裕」
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